あけましておめでとうございます。
正月は実家に帰っていました。
久々に中学の友人に会うと、
ちょうど年齢的にほとんどの人が大学を卒業して
社会人になろうかというあたり。
でも実際は、会った人の大半が就職ではなく、
大学院進学か、浪人・留年、
もしくはフリーターなどになっていた。
就職した人間のほうが数としてはすごく少なくて、
それも地方企業の管理とか事務とか。
そういう仕事とか生き方が悪いというつもりはもちろんなくて、
彼らには彼らにしか、僕らには僕らにしか手の届かない種類の幸せと
いうものがあるのだろうなとは思うのだけれど、
彼らの顔を見ているとお世辞にも「こんなはずじゃなかったのに」感が
多かれ少なかれ出ているのを見ると、
やりたいジャンルの仕事に関われている自分は幸せなほうなんだな、
と思ってしまった。
そこでやはり思うのは、
自分のやりたいことはできるだけ人生の早い段階でざっくりと決めて、
そこに必要な能力に絞って労力を注いでいくべきなのではないかということ。
僕もその一人だが、いわゆる「平均的」な能力値の人間が
学校で学ぶ勉強やら、部活で鍛える身体能力やら、
仲間とうまくやっていくコミュニケーション力やらを
均等に鍛えていたところで、結局はすべての能力値が
平均的な、ノーマルキャラにしかなれない。
そしてノーマルキャラは社会のどこにでもいるので、
逆にいうとどこにいようと扱いは対して変わらない。
これでは自分がどこにいるべき人間なのか、
何に向いているのかなど考えることはできない。
しかし、中途半端に自由を持てる現代社会では
人は自分の居場所を自分で決めなくてはならない。
そのノーマルキャラでは、永遠に答えの出ない問題に
苦しめられ続けているのが今の多くの同世代の人たちに思える。
それならば、早い段階で、自分が力と時間を注ぐ
ジャンルを決めてしまい、他の能力値を伸ばすことを
あきらめて、特定の能力に特化して伸ばすほうに
やり方を変えたほうが絶対にいい。
一芸特化型の人間は、居場所が自然と決まってきてしまうが、
そのほうが、逆に力は発揮しやすいのも確かだ。