2010年12月31日金曜日

制作会社がREDを嫌う理由

近年、TVCMや映画の世界でも
撮影データをデジタルでHDDやカードに記録する
データ収録のカメラを使うことが増えてきた。
代表的なのはREDや
Sony・Panasonicのカード収録カメラ、
Canonの一眼レフ5Dmark�など。

特にREDはハリウッドの大作映画でも
じゃんじゃん使われ始めているワールドスタンダードと
なりつつあるエポックメイキングなカメラだ。

しかしこのRED、制作会社からはあまり好かれていない
という印象を抱く。
プロデューサーたちもRED収録という言葉を聞くと
不安そうな顔を見せることがしばしばある。

その理由はREDが完全なデータ収録カメラだから。
REDで撮影を行った場合、撮影データをHDDから
そのままパソコンのHDDへコピーして、そのHDDを
マスターデータとして編集やらに回していく。

これが従来のテープ型ビデオカメラだと、
収録したHDCAMーSRなんかのテープをマスターにして
これを編集に回していく。

問題なのはHDDは故障が頻発する、データ消失の危険が
大きいということなのだ。
テープならば物理的なよっぽどの損傷がなければ
中身の撮影マスターデータが消滅することはないが、
HDDは原因不明で突然中身のデータが消滅することが
多々発生する。

これが撮影してから編集を終えるまでの短期間だけの
話ならいいのだが、制作会社は撮影素材やデータ等を
改訂や新作での使い回しのために
一定期間保存しておかなければならない。
その期間でのデータ破損が一番怖いのだ。

監督やカメラマンは撮影から完成までの長くても1ヶ月程度の
間のクオリティだけを考えていればいいので
そのワークフローが鮮やかなREDは魅力的なカメラだが、
それ以降の保管ことも考えなくてはならない
制作会社としては
REDは必ずしもいいカメラではなかったりするわけだ。

一番コストのかかるもの

CM業界に入る前、一番疑問だったのは
「なぜ映像を作るのにそんなにお金がかかるのか」
ということだった。

確かに海外ロケをしたり、
ものすごいセットを作っていたりする
どこに金がかかっているところの見える映像は
納得できるのだが、
別にその辺の民家みたいなとこを舞台にして
太陽の自然光っぽい光の中で
特に変哲のない日常描写をしている作品など、
俺でも時間とれたら作れるぞ、そんな金かけないで。
と思っていた。

しかし実際にこの世界に入ってみて気がついた
何に一番お金がかかるのかが「時間」なのだということに。

CMはどれだけ縮小しようとしても
一本の作品を作るのにそれなりに
人数が必要になってしまう。

監督
カメラマン
撮影チーフ
撮影セカンド
撮影サード
照明技師
照明部の人々(6人くらい)
美術
美術部の人々(6人くらい)
録音部
ヘアメイク
スタイリスト
車両部
制作部
プロデューサー
代理店
クライアント
タレント・キャスト

何も特殊な撮影でなくてもこれくらいの人間が
集まって撮影は行われる。
よって、撮影日が倍になるということは
人数分の人件費が倍になるということ。
だから、天候に左右される自然光での撮影なんかが
スタジオでたくさんの照明機材をつかって撮影するよりも
はるかにコストがかかる撮影になってしまうのだ。

スタッフは誰もが、光は自然の太陽光が
一番美しいと分かっている。
だけど当たり前にあるその光を使うことが
実は一番贅沢なことだったりするのだ。

困難な道

若いうちは迷ったらより困難な道を選べと
いう言葉を聞いたことがある。
できるだけ苦労をすることでよい経験値が得られて
より自分を成長させることができるということ
なのだろうと思う。

そういう考え方で自分の進む道を選んで行くことは
とても有効だとずっと考えてきた。

ただ、その法則で考えたとして
今のまま会社で頑張ってPMの仕事をし続けること、と
仕事をやめ、自分で独立した仕事をやっていくこと、の
果たしてどちらが困難で、自分にとって苦労なのだろうかと
考えているうちにわからなくなってしまう。

いまの仕事を続けることは正直辛い選択だし、
かといって仕事を辞めて、
新しく自分で仕事を作り出すことの困難さも
よくわかっているつもりだ。
一番怖いことは、自分が「新しいものに挑戦する」
ために仕事を辞めたいと思っているのではなくて
今の辛さから逃げたいと思っているだけでは
ないかということ。

答えはたぶんないので
自分でどちらかを選択するしかないのだろうな。

2010年12月20日月曜日

夢のネガティブファクター

自分にやりたいことがあったとして、その実行にはリスクがあって、
思いとどまってしまうことがあるなら、そのリスクときちんと向き合うことが大事なのだと思う。

ということで、自分がやりたいことの
ネガティブなファクターについて考えてみたいと思う。

僕がやりたいのは世界中の人たちをひとりひとりピックアップして、
その人たちの生活と思いを映像という形にして、世界中に発信すること。
僕らの人生は絶望的なほど短いし、その中ではほとんどの人が会うこともない人だし、
ほとんどの場所が行くこともない場所になってしまう。
だけどそんな自分とかかわりのない場所や人のことを僕はもっともっと知りたいし、
知りたがっている人はたくさんいるんじゃないかと思う。

と、そんなことを思って、世界に出て、ひとつずつ
そういうことを実行できたらなと思っている。

じゃあ、今の生活から、そういうことを実行できる生活に変えることの
ネガイティブな面、心配事は何になるのか?


・収入がなくなるんじゃないか?
・そんなこと一生続けることはできないんじゃない?
・次の就職困ると思うよ...
・英語とかしゃべれないんじゃなかったっけ?
・じゃあ具体的にどこに行くの?アテはあるの?
・そんなことひとりではじめて、くじけない?
・機材はどうするの?今のものはすぐに古くなるよ?
・外国ってあぶなくない?
・今、自分の作れるクオリティで金とれると思ってるの?
・どこに住むの?
・それって結局夢に逃げてるだけで、今の仕事に耐えられなかっただけじゃない?
・仕事やりながらサブでやればいいんじゃないの?


こんな感じだろうか。
ひとつずつ、これからその反論を練っていこうと思う。

2010年12月19日日曜日

ジャンルを超えること

一流の映像作家は皆例外なく独自の世界観のようなものを持っている。
作品を見ただけで、だれが作ったのかわかってしまうような、
他とは違う雰囲気を醸し出すことができている。

「そういう一貫した世界観は、どうやって生まれてくるのだろう?」
と考えているうちに、最近もしかしたら映像作家は映像の世界から
表現・制作を始めないほうがいいのではないだろうかという気がしてきた。

映像でも、音楽でも、デザインでも、アートでも、
どんな一流の作家にも必ず、
「始めたばっかりの頃」というのが疑いようもなく存在するはずだ。
そしてそういう頃はほぼ例外なく、制作にそんなにお金はかけられない。
将来どんな有名作家になろうとも、そのころには誰しも一介の素人だ。
だから作る作品もお金のかかっていないものになってくる。
これは実に当たり前のことだと思う。

しかし、制作するもののジャンルによって、
かかるお金とできることのレベルとの関係性が変わってくる。
たとえば絵やグラフィックデザインなら、
部屋に置いてあるカップを描くのも、天地創造の様子を描くことも、
かかったお金が同じということがあり得る。
絵の具の量でしか値段は変わらないし、ましてやコンピュータを
つかったグラフィックの制作ならそれすら変わらない。
スキルと想像力さえあれば、創造を妨げるものは何もない。

その中で、映像というものは間違いなく
かかるお金とできることのレベルというものが、
非常にきっちりと連携してくる制作であることは間違いがない。
映像で部屋のカップを撮るのはほとんどコストがかからないが、
それと同じコストで天地創造を描くことは不可能だ。
(部屋のコップと食器で天地創造をパロディすることはできるかもしれないが。)

金のない時期に映像を作り始めると、金のない映像しか作れない。
そうして熟成させていく作家の世界観というのは、
日常に寄り添ったり、一般的映画の価値観とは別の軸で
評価されるものばかりになってしまう。
(岩井俊二風の日常作品とか、青春ものみたいなのをそこらじゅうで目にする。)

そういうものもあるべきだと思うし、いいと思うが、
たとえばSTARWARSや紀里谷和明監督のような
世界観ごとダイナミックに想像してしまうような作品を作る人間は
そういうところから生まれにくい気がしてならないのだ。


だから、実はそういうものを目指す作家は
たとえばグラフィックやCGなどの、、
描くものの規模がかかるお金に関わらない
ジャンルで自分の独自の世界観を醸成し、
その後、映像制作に参入してもいいんじゃないかと思う。
もしくはグラフィック系のジャンルの人が
映像系にドンドン流れ込んでくるべきなのじゃないかと思う。

もう一人の作家がひとつのジャンルにとらわれる時代は
とっくの昔に終わっている。
自分の目的のために、自在にジャンルを横断できることが
これから何よりの強みになるんだろうなと思う。

2010年12月17日金曜日

プロの仕事

いわゆる映像制作の「業界」のひとつであるCM制作業界に入って、
「あぁ、やっぱりプロの世界ってすごいなぁ」と思うのは、
個々の能力でもクオリティでもなく、
自分の仕事に完璧に専念できる仕組みになっていること。

過程におけるそれぞれの目的すべてに専門家がいて、
その人たちが自分の専門に専念してひとつのものを作り上げるから、
仕組みとして「妥協」がない。

たとえばひとりでいくつもの役割を掛け持つ個人の映像制作では、
監督がロケ地探しや資金のやりくり、カメラを回すことまでマルチにやったりする。
その総合的にものを見てしまう視点が、時に妥協を生む。

ロケ地がここしか見つからなかったから、ここでいいか。
機材にここまでのお金は使えないから、特機はあきらめて普通に三脚の画にしよう。

というような、最終的に作品のクオリティに関わることまでを
あきらめなければいけない、あきらめてしまうということが多々ある。
これは熱意が足りないとか、もっとガツガツいけば!とかそういうことではなく、
実際に合理的に進めると起きてしまう避けられない事態だと思う。

そころがCMの世界では、監督はクオリティの高い作品を作るという
目的だけに特化させて仕事をするようになっているため、
現実的にそこで撮影ができるかとか、予算が足りないとかいった縛りから
一旦解放されて目的のために最適な方法を考えることができる。
また一方では、ロケ地や予算などの縛りは現実的に作品を完成させるという
目的に特化されたプロデューサーや制作進行がそれに特化して動くため、
最終的にその「最適」同士がすり合わされて、もっともよいクロスポイントに
着地するという仕組みになっているのだ。

この仕組みこそが、「それを生業にしているか?」とかいうことよりもずっと、
プロをプロにしている最大の要素だと思う。

2010年12月16日木曜日

CM企画案

広告業界で働いているので、
企画案を考えるという現場に立ち会えることがたまにある。

TVCMの企画は基本的に代理店のプランナーが考えるものだが、
場合によって(時間がないとか、違う色を出したいとかで...)
ディレクターが企画出しから参加するということもある。

こういう場合、同じ商品の広告で、
プランナーが考えた企画と、ディレクターが考えた企画が
並ぶことがあるのだが、ここに大きな差が出たりする。

それは内容の問題というよりも形式の問題。
プランナーは一枚のイメージビジュアルに、企画の意図、
そしてコピーという形式を紙一枚にまとめてくる。
対してディレクターはコンテを書いてきたりする。

立場の違いがここまではっきりと形に出るものかと
初めて見たときちょっと鳥肌が立った。

ディレクターは基本的にTVCMの監督をする人間だから、
TVCMをどう作るかという視点で企画を考える。
だから映像の流れで勝負をしようという、コンテの形で企画が出てくる。

プランナーはTVCMだけの広告を考えているわけではない。
今やTVCMは数ある広告媒体のひとつでしかないし、
それだけにフォーカスして広告を作ることはまずない。
共通したビジュアルやコピーで、ポスターやWeb、キャンペーンまでを
網羅できる企画である必要がある。
このとき映像的に時間軸の中で表現できるのはTVCMくらいのもの。
だから、流れやストーリーよりも一発のイメージやコピーから
企画を考えて、その枝葉を膨らませていく。

今売れているディレクターという人たちは、
そういうことが分かって、ちゃんとプランナー的企画発想ができる人たちであり、
未だにCM的発想しかできないのは、CMディレクターとしてマズい。
というよりCMだけしかできないディレクターになるのがまずいのかもしれない。

2010年12月15日水曜日

夢を分解すること

夢をあきらめない最大の方法は、夢を分解することだと思っている。

誰しも、大なり小なり子供のころに何かを夢見ていたことがあると思う。
サッカー選手だとか、ケーキ屋さんだとか、モデルだとか、人によってさまざま。
そして特に中学生や高校時代に見た夢は、そのまま将来目指す夢となって、
その人の進路を決めていく。
しかし、かなりの人数がその夢に挫折して、もしくはどこかで妥協して、
結局「夢は叶わなかった…」と感じていくことになる。

ここで気が付くことは、
多くの人の夢は、具体的人物がイメージできるような、
特定の職業的なものを指すことがほとんどだということ。

同じケーキ屋でも個人で店のオーナーになることを指すのか、
大きな看板の店のもとでパティシェになるのかでは全く違うし、
サッカー選手でも、モデルでも、パリコレに出るような世界的トップモデルになるのか
現代アーティストとコラボするような独自路線モデルになるのかは
全く意味が違ったりする。

すなわち、夢をあきらめてしまう人は、
自分が何を夢見ていたのかわかっていないんじゃないかと僕は思うのだ。


僕は中学時代から映画監督を夢見たクチで、
これは夢の中でもどちらかというと人数の多い、
マジョリティ的な夢だと思う。
だからその分、それが叶わなかった人の姿を目にすることも多い。

そういう人の特徴として、「映画」という言葉に無条件にこだわると
いうことがあるような気がする。
映画監督という夢を持つことを分解すると、

・有名になりたい
・共同作業でものづくりをしたい
・リーダーになりたい
・クリエイティブっぽいことがしたい
・映画作りの世界に関わっていたい
・美しい画をつくりたい
・ストーリーを紡ぎたい
・世界に自分の思いを発信したい
等々、もっと細かい夢に分けることができる。
そして、映画監督という大きなくくりに夢を感じているなら、

分解したどれかの要素に夢を感じているということである。
さらに、そのひとつかふたつが自分にとって一番大事なコアな想い・欲望である。

そのコアな欲望の正体さえつかめれば、
競争率の異常に高い、劇場映画の監督などという
恐ろしく狭き門にわざわざ挑戦しなくても、
自分の夢は実現できるのではないかと思ってしまう。

はたして映画監督を夢見る人間のどれほどの数の人が
絶対に全国公開の劇場映画の監督でなければならない要素を
夢見ているのか甚だ疑問だったりする。

ちょっと暴言だっただろうか...?
でもこれが僕にとっての夢のかなえ方だ。

2010年12月14日火曜日

分解すること

最近、映像作品の音だけを抜き出して聴くということを始めた。

まずはバイブル的に敬愛している新海誠の「彼女と彼女の猫」「ほしのこえ」、
それからキャメロン・クロウの「エリザベスタウン」を聴きはじめている。

これをやろうと思いついたのは、かれこれ2年前のことで、
きっかけは映像作品における音楽だけでない、
効果音やセリフも含めたサウンドデザインが
どれほど大きな影響を作品に与えているのかに
思いが至った時からだった。

数ある映像作品の中でも、特に前述した2人の作品は
サウンドデザインを抜きには語れないほどに
音の出来が作中の大きな比重をしめているとその時感じた。

そんな風に思って彼らの作品を見ていると、
「これは自分には絶対できないなぁ」と思ってしまうほどに
サウンドデザインの完成度の高さを
感じてしまうようになっていた。

しかし、やっと音だけで作品を鑑賞してみるということを
やってみると、驚くことに「完璧なタイミング、針の穴を通すような
音の絶妙なバランス」と感じていたものが、
(実際にすばらしいサウンドデザインなのは間違いないのだが、)
構造としてはとても単純だったりすることに気が付いた。
少なくとも自分が把握できないほどに、複雑に創られてはいない。
論理的で、筋道を立てて作ろうとすればできるものな気がしてくる。

映像作品は一枚の画、動画としての動き、音楽、セリフ、効果音と
様々な要素が合わさってできているため、一見完成品だけを見ると、
構造がとても複雑に見えることがある。
こんなものどうやって作ったんだ!というレベルで。
ただ、それをひとつずつ要素にわけて分解していくと
案外それぞれの要素は単純に組み合わさっていたりする。

「物事を理解したければ一度それをすべて分解し、
再度組み立ててみればいい。」

学問の世界でも、職人の世界でも、そして映像の世界でも
どうやらこの格言は通用するようである。

2010年12月12日日曜日

ライフプラン















目的を達成しようと思うなら、
はっきりと目的と目標を設定することが不可欠。

短期的な仕事や作業の目的目標設定は
普段から実行できていたとしても、
人生全体の目標を描くことはなかなか難しい。

と、言い訳をしながら
これまでライフプランを描くことができていなかったが、
そうやって生きてくると、やはりどこかで袋小路に行き当たってしまう。

そろそろ一度形にしなければと思い、
これまで考えてきた断片を合わせて、
(点をつないで、という言い方でもいいのかもしれない)
プランを立ててみた。
この通りに行くことはないだろうけど、
目標をはっきり自覚して走っていきたい。

26歳という時期

お笑い芸人の博多華丸大吉の
「アタックチャンス!」じゃない方、
博多大吉氏の著書に「年齢学序説」というものがある。






何かに成功した人は必ず26歳の時に転機がやってきている。
26歳で何かをつかめた人間が成功できるのだ!
ひとことで言うとそういう内容の本。

私はまだ26歳になっていないので、
それが納得いくことなのかどうか、
いまいちピンとは来ない。

しかし、考えてみると26歳というのは
確かに意味のある数字なのかなと思う。

人間は生物的に、脳のピークは10代後半くらいにやってくるというのは
よく知られた事実だし、運動機能的にもそのくらい若いうちがピークだ。
すなわち人は成人を迎えた辺りから後は、衰退していっているという事実がある。

反面、年を重ねることで得られていく能力ももちろんある。
経験や知識といったものだ。
また生きている時間が長い分だけ、物事を考える時間も多く持ったということになるだろう。

肉体的な面では時間が経つに連れ、人は衰退し、経験値的な面からは
時間は人を進歩させる。その2つの、右肩上がりの線と右肩下がりの線が交差して、
全体として一番高いパフォーマンスを発揮できるのが26歳あたりなのじゃないかと思う。
まだ若い力も残しながら、それなりに経験値も増えてきたという、
いい塩梅になる時期なのではないか。

そういう意味で、26歳で波に乗ることは重要なのかもなーと思った。
私もそのことには何かをつかんでいられるようにしたい。

サバイバルに必要なもの

「立食パーティで、初めて会った人に、
自分のことを一言で伝えられ、面白いと思ってもらえるか?」


これが、組織の一員としてではなく、自分の力で、
個人で生き残っていくために必要なことだと思う。

これを実現するために必要なのは
「一言で伝えられるキャラクターを持っていること」
「そのキャラクターの内容が、貴重で、新鮮で、見たことがないものであること」
この2つが必要になる。

僕は映像制作者だが、この場合で
「僕は映像を作っていて、CMもドキュメンタリーもMVも作ります。
仕事ではCMのプロダクションマネージャーをやってます。」
なんてことを言ったとしても、話した相手には
パーティーから帰った後には絶対に忘れられている。間違いない。

同じことをやっていても、まだ、
「CMディレクター見習いです。」
と言ったほうが忘れられにくい。
一番やりたいことだけ絞って、ひとつだけ伝えることが大事だ。
相手はまず100%、自分にそんなに興味がない。
だから自分について覚えておいてもらえるのは1つのことくらい。

さらにその伝えることの内容、すなわち活動内容が面白いと
覚えておいてもらえる度、その先の話につながる度は倍増する。
「アフリカでシマウマハンターを追跡取材している映像ディレクターです。」とか、だ。
参入障壁が高く、それをやっている人はなかなか見たことがないとなると
相手は自分の知り合いリスト、もしくは連絡先リストに自分の名前を
コレクションしておきたくなる。

そういうキャラのたった、専門性のある人間が
これから必要とされていくような気がしている。
自分もそんな風にありたい。

2010年12月11日土曜日

創造者か?消費者か?

「他人より効率よく有効な情報を入手したものが勝者になる。」


現代における成功の哲学はそういうものになると僕は信じている。

もちろん、生まれ持った才能や、自分が立つことのできていた環境や、
ひとつのことにどれだけの時間をかけることができたかという努力というものが
もう必要ないんだと思っているわけでは全くない。
それらは今でも何事かを成し遂げるための必要条件だとは思っている。

しかし現代ではその生かし方、伸ばし方を、
有益な情報を手にすることによって劇的に変えることができる。

まず、時間は目標達成までに必要な知識を的確に集めることによって
部分によっては大幅に短縮することが可能だ。
(調べることが大変だった専門外の知識も、検索すること、
ネットワークで質問することで、手に入れることができる。)

そして環境は、成長のために最も自分が必要としている環境を
情報によって具体的にイメージすることができる。
今ではその場所へ(物理的にもポジション的にも)移動することは
かつてより難しいことではなくなっている。

さらに才能は、知識・情報を多く持つことによって、
「自分の持っている才能をどこで最も発揮することができるか」を
よりはっきりと特定できるようになる。

そういった理由から、今、自分に必要なことは
より多くの情報を効率的に、川の流れに身を投じるように
浴び続けることだと思って、特にこの1年はその実践を行ってきた。



しかし、それは必ずしも正解ではなかったのではないかと
最近思うようになってきた。
何かを成し遂げるために、情報をより多く持つことが重要だという点は
今でも疑っていないし、間違いなく重要なことだと思ってはいるが、
そこに時間を割きすぎることによって、より根本的なことを
失ってしまっては本末転倒ということだ。

入手する情報というのは1次的なもので、
いわば世界中のだれもがその気になれば手に入れられるものだ。
特にニュースや知識などはそうだし、体験から得た経験情報も、
その気になれば同じ体験・立場に立つことで得ることはできる。

本当に大切なのはその先のことで、
そうやって点のように集めていった情報をいかに自分の中で消化して、
つなげていき、新しいものを創り出していくかということ。
スティーブ・ジョブズ風にいうと「点をつなぐこと(Connecting dots)」だ。

情報の入手にばかり気と時間を取られていると、
その消化と生産が何も起こらなくなってくる。
それほど非生産的で消費的なものはない。
何かを成し遂げるという創造的なものを目指いるならば、
ただ消費する者には絶対になってはいけないと
危機感を感じた今日この頃だったりする。

2010年12月10日金曜日

サロンがほしい!

サロンがほしい!

19世紀のイギリスとかで(イメージです)、なんかこう、
昼間っから同じような見識を持ったいろんな人たちが
集まるような、そんな意味でのサロン。

今、一番の悩みは
RPGでいうと序盤も過ぎて、そろそろ新しい展開がありそうな
ステージ展開なのに一向に仲間に出会えないみたいな
そういう焦りがあること。

世の中にはいーっぱい、僕のやりたいことや興味のあることに
近いことを考えている人がいると思うし、
たぶんどこかでそういうコミュニティはできているのだろうけど、
そこに全くアクセスできていない、というか
全くそれがどこにあるか見当もつかないことに少々焦る。

トキワ荘の例ではないけれど、
僕は、同時代で新しい時代を作っていくようなムーブメントを起こす
人間たちは自然と似たようなところに集まっていくものだと信じている。

それは才能が集まって束になるということが、
力が次代を作るほどのパワーを生み出したのか、
次代のために必要な要素のあった場所・ポジションが才能を育てるのか、
どちらかはわからないけれど、(たぶん両方なのだろう)
少なくとも自分の周りに、同じような考えをもった人間が集まっていないのなら、
それは自分の立っている場所が見当違いだということは間違いないと思う。

そういう意味で危険を感じる。

現代ならネットでいくらでも繋がれるだろう...と
そうも思うのだけど、なぜかうまくはいかない...

うーん。
なんとかしなければ。
誰かもしそんな場所があるなら教えてください、切実に。

2010年12月9日木曜日

From my house, To your house.

私が映像に興味を持ち始めたのは小学5年生くらいの頃で、
その頃TVで立て続けに「STAR WARS」と「荒野の七人」を
見たからだったと記憶している。

それから世界の端っこの片田舎でこそこそと自称「映画マニア」という
肩書の元、映画監督を夢見て、ろくすっぽ勉強も運動もせずに
VHS鑑賞を続けていたわけだけれど、
いかに世間知らずで、夢しか見てないティーンエイジャーの若者でも、
「このままじゃ自分は絶対に映画監督はおろか、映像関係の仕事にも
つくことはできない!」ってことには次第に気が付いてくる。

だって田舎だから!
撮影現場なんて見たこともないし、
映画はおろか、CMも、TV番組のロケに遭遇することもない。
スタジオなんかあるわけもなく、
そういったものが日本に存在しているのかさえも知らず、
とにかく自分の周りにある生活自体があまりにも
憧れる映像の世界からかけ離れていた。

カメラは貯めたお年玉を叩いて買った自分のDVカメラしかしらない。
編集なんてVHSデッキにカメラを再生モードでつないで、
録画と再生ボタンを同時に押すしか方法を知らなかった。

このままだと夢が終わってしまう、
「やっぱ無理だったんだなーアハハー」と
安らかに、そして静かに、僕の青春は
燃え始める前に鎮火されようとしていた。


そのとき、
僕はひとりの男に出会った。
正確には会ってないし、未だに会ったことないけど、
愛読していた映画雑誌「Premiere」を通して、
その男は3Dメガネをかけて上を向いたポーズという
意味不明なプロフィール写真で僕の前に現れた。

彼の名は「ロバート・ロドリゲス」。
「エルマリアッチ」という格安予算で勝手に創った自主製作映画が
評価されてハリウッドに現れた異色の映画監督。
ハリウッドシステムを嫌い、自宅をスタジオに改造して、
自分の家で劇場映画を完成させてしまうスタイルを作った男。
(ちなみに後にスパイキッズシリーズやシンシティを生み出す監督でもある。)

彼のあり方自体が衝撃だった。
もう、どんな田舎でも、どんなに業界から遠く離れていても、
劇場で公開できるレベルのものを作ることはできるんだ。
この希望はボンクラ田舎者自称映画オタクの青年に
夢を見続けさせるには十分な燃料だった。

以来、僕はロドリゲスに憧れ、彼を目指して、夢見ている。


ロバート・ロドリゲスという男について語られるとき、
多くは「ひとりで映画を作った男」、
「0からクリエイティビティだけで這い上がった男」
みたいな文脈で紹介されることは多い。
確かにそれは一面では真実だと思うし、評価されるべき点だとも思う。
しかし彼がやったこと、やっていることの真価は
「既存のスキームを破壊し、全く新しいスキームを成功させたこと。」である。
それは「業界の仕組みの中でしか映画は作れない」という常識と仕組みを壊し、
「From my house, To your house.」
「僕の家で作った映画をあなたの家で見てください」という
基本的にYouTubeと何も変わらない新時代的なやり方で映画を作っていること。
そしてそれを経済的に成功させていることなのだ。

時代は彼のやり方のような
「From my house, To your house.」形の仕組みに追い風を吹かせている。
映画だけではなく、ネットだけではなく、放送も、報道も、
この仕組みを取り入れたものが間違いなく増えていくだろう。
その波に取り残されないようにいたい。
ロドリゲスが3Dメガネをかけて僕の前に現れた時から、
その思いは僕の根底に息づいている。

2010年12月8日水曜日

はじめに

私は東京にある某CM制作会社で
プロダクションマネージャーとして働いている22歳の男である。
今年の4月に入社した1年目の新人でもある。
私が今、制作会社で働いているのは映像を制作することを
仕事にしたいとずっと夢見てきたからで、
それを目指して、学生時代から映像制作をずっと続けてきた。

しかし今、映像やメディアを取り巻く環境は
恐ろしい勢いの変革の真っ只中だ。
これまでこの業界で働いてきた先輩たちのように、
ずっと会社で頑張って仕事を続けていくだけでは未来はない。

このブログは、そんな環境の中で、私が、映像を制作するものとして
今後生き残っていくためにはどうすべきかを考察し、行動し、
検証していくために立ち上げたもの。

5年後にこの記事を振り返って見て、
「あぁ、こんな時期もあったなぁ」と
笑って振り返られるように、頑張っていきたい。

2010年12月5日日曜日

自然写真を撮る者

先日、北海道で活動する広告カメラマンと話をする機会があった。
彼は普段、商品や人物などを被写体にした写真を撮ることが多いとのことだった。

そこでつい、「北海道」という言葉からの連想で、
「やっぱり北海道だと自然写真とか撮ることも多いんですか?」
と聞いてみた。

その質問に対して彼が返した答えは
「自然写真は全然やらないよ。ああいうのは専門家か
アマチュアに任せておくのが一番いい。」

というものだった。

専門家に任せておけという考えは理解できるのだが、アマチュア?
と思っていると、彼はこう続けた。

「自然写真っていうのは、カメラの技術や構図よりも、目の前にある自然が
どれだけ美しいか、貴重かということにほとんどの価値がある。だから一番大事なのは
その瞬間に出会えるまで、ずっと待ち続けられるとか、
そういう場所にずっと暮らしているとか、そういうこと。
そういうアドバンテージをアマチュアのほうが持っている。」


プロの広告カメラマンは、依頼を受けて、
そのイメージ通りの写真を高い技術力で実現させる職業だ。
コストを度外視して、一枚の写真に
いつ終わるかわからない、運次第のスケジュールを組むことはできない。

プロとアマチュアの使用する機材がほとんど変わらなくなっている写真の世界で
起こっていることは、同じように機材の差がプロアマの間で縮まりはじめている
映像の世界でも同じように起こるだろう。
そう思って、アマチュアのアドバンテージ、専門家の意味が、
一体映像の世界ではどういう風に形になっていくのだろうかと考えさせられる日だった。

2010年9月7日火曜日

ロドリゲスの教え

「これまでの人生でおそらく最も役に立った教えは?」
ともし誰かに聞かれたとするならば、僕は迷うことなくひとつの言葉をあげる。


それは高校生の時に愛読していた映画雑誌プレミアに掲載されていた
ロバート・ロドリゲスのインタビュー記事の中にあった言葉。

(インタビュアー)
「映画監督になりたければ、どうしたらいいですか?」

(ロドリゲス)
「簡単なことだ。名刺にフィルムメイカーって書いて友達に配ればいい。
そうすれば君は明日から映画監督だよ。」


というものだ。
僕はこの言葉にかなりの衝撃を受けた。
そういう名前・肩書きは誰かに任命されたり、何かそういう業界っぽい仕事について、
はじめて語ることのできるようなものだと何となく漠然と思っていたからだ。

それからはできるだけその教えを忠実に守るようにし、
名刺を作って、ウェブサイトを作って、プロフィールには
いつもそういう肩書きを入れるように心がけてきた。
(ただ、映画監督とは入れる勇気がなく映像クリエーターという
曖昧なところでぼかしていたのではあるのだけれど)

おかげさまで仕事を回してもらえたり、
いろいろな場所に呼んでもらうこともでき、
そういう経験のひとつひとつによって、
今の自分が作られてきたんだなぁという実感はある。



そんな、これまで使ってきた名刺を、
仕事の中締め打ち上げでご一緒させていただいた
CM監督さんに渡す機会があった。

「駄目だよ、(ディレクター目指すなら)
肩書にはちゃんとディレクターって書かなきゃ」


そう言われて初めて、自分の目指しているものが、
これまでのような漠然とした作り手像なのではなくて
一個の職種なのだと実感し、
自分のやり方というのが、少し前に上手くいっていたときのまま
止まってしまっていたことに気がつき、焦った。

どんなものを作るのかというのはもちろん大切なことだけど、
それをきちんと人にアピールしていくことはもっと大切なことだ。
そしてその方法は状況にあわせて、アップデートしていかなくてはならない。

世界も時代も、自分を取り巻く環境も、毎日変化を続けている。
それを見逃してしまうことだけはないようにしなければ。