「他人より効率よく有効な情報を入手したものが勝者になる。」
現代における成功の哲学はそういうものになると僕は信じている。
もちろん、生まれ持った才能や、自分が立つことのできていた環境や、
ひとつのことにどれだけの時間をかけることができたかという努力というものが
もう必要ないんだと思っているわけでは全くない。
それらは今でも何事かを成し遂げるための必要条件だとは思っている。
しかし現代ではその生かし方、伸ばし方を、
有益な情報を手にすることによって劇的に変えることができる。
まず、時間は目標達成までに必要な知識を的確に集めることによって
部分によっては大幅に短縮することが可能だ。
(調べることが大変だった専門外の知識も、検索すること、
ネットワークで質問することで、手に入れることができる。)
そして環境は、成長のために最も自分が必要としている環境を
情報によって具体的にイメージすることができる。
今ではその場所へ(物理的にもポジション的にも)移動することは
かつてより難しいことではなくなっている。
さらに才能は、知識・情報を多く持つことによって、
「自分の持っている才能をどこで最も発揮することができるか」を
よりはっきりと特定できるようになる。
そういった理由から、今、自分に必要なことは
より多くの情報を効率的に、川の流れに身を投じるように
浴び続けることだと思って、特にこの1年はその実践を行ってきた。
しかし、それは必ずしも正解ではなかったのではないかと
最近思うようになってきた。
何かを成し遂げるために、情報をより多く持つことが重要だという点は
今でも疑っていないし、間違いなく重要なことだと思ってはいるが、
そこに時間を割きすぎることによって、より根本的なことを
失ってしまっては本末転倒ということだ。
入手する情報というのは1次的なもので、
いわば世界中のだれもがその気になれば手に入れられるものだ。
特にニュースや知識などはそうだし、体験から得た経験情報も、
その気になれば同じ体験・立場に立つことで得ることはできる。
本当に大切なのはその先のことで、
そうやって点のように集めていった情報をいかに自分の中で消化して、
つなげていき、新しいものを創り出していくかということ。
スティーブ・ジョブズ風にいうと「点をつなぐこと(Connecting dots)」だ。
情報の入手にばかり気と時間を取られていると、
その消化と生産が何も起こらなくなってくる。
それほど非生産的で消費的なものはない。
何かを成し遂げるという創造的なものを目指いるならば、
ただ消費する者には絶対になってはいけないと
危機感を感じた今日この頃だったりする。